Loading...

KINAN CYCLING

NEWSNEWS

LINE@会員限定記事特別公開「The ROOTS Vol.5 荒井佑太」

2019年シーズンにチーム公式LINEでお届けした連載「The ROOTS」。
選手の生い立ちやロードレースへの思いに迫るスペシャル企画。
本来はLINE@会員限定の有料記事ですが、2019年シーズンの熱い応援にチームとして感謝すべく、期間限定でチームWEBで公開中です。
全9回、第5回は荒井佑太選手です。

記事の内容は有料記事公開時点のものとなっています。
なお、これらの記事は予告なく公開終了となることがございますので、何卒ご了承ください。
---
The ROOTS Vol.5 荒井佑太
トラック仕込みのスピードと勝負勘。
KINAN Cycling Team加入後はロード、トラックとフル回転。
“自転車選手”と“公務員”。
二足の草鞋に込められる信念とはいかに。
-荒井 佑太 あらい ゆうた-
1995年7月19日生まれ・宮城県出身
177cm・73kg
脚質:スプリンター、トラック中距離
主な実績:2018年福井国体トラック・ポイントレース2位
■バンクリーグを戦うフィールドに

 2019年に発足したロードレースチームによるトラックレース対抗戦「バンクリーグ」。選手たちが主戦場とするロードとは異なり、より戦術的に、よりスピーディーに、そして瞬時の判断力が求められる戦いは、観る者を魅了するだけでなく、実際に走る選手たちの“スマートさ”が要求される。

 このリーグでは今のところ、トップチームとはいえないKINAN Cycling Teamではあるが、格上チーム相手にあと一歩のところまで迫ることができているのは、チームを引っ張るある男の存在があるからだ。

 荒井佑太。

 2019年シーズンからKINAN Cycling Teamに加わったトラック出身のスピードマン。法政大学時代には日本代表にも選出されたほどの脚の持ち主は、これまでの実績や昨年の国体での活躍などもあり、KINAN入りという話題性は大きなものだった。その注目度とは裏腹に、お世辞にも慣れているとは言えないロードでは苦戦続き。チームデビュー戦となったツール・ド・とちぎこそ完走したが、その後のレースでは適応に苦しみ、スタミナ不足も露呈した。

 そんな彼の“流れ”が変わったのは、まぎれもなくバンクリーグの幕開けである。チームピットに陣取る彼の目に輝きが生まれ、発する一言ひとことに説得力が加わった。ただただ速くバンクを駆け抜けるのではなく、一戦ごとに自チームの、そしてライバルチームの走りを分析。その観察眼こそが、KINAN Cycling Teamの力になっている。

 そして荒井には、“信じる心”の強さも備わる。確かに苦戦が続くバンクリーグではあるが、「戦い続けていればいつか勝つことができる」。ときに孤軍奮闘となりがちな今のチームの戦いにあって、勝てると信じ続けるその姿勢こそが、レースに挑む原動力なのだ。
■“縁”が競技人生を支える

 荒井の競技人生は、すべて何らかの“縁”でつながっているのかもしれない。

 KINAN Cycling Team入りも、バンクリーグ設立を知り思い切ってチームにコンタクトをとったことがきっかけだった。

 普段は競技者としての顔と、福井県職員としての顔とを持つが、相反する立場・環境に身を置くことで得られるチャンスや出会いを感じながら日々を送っている。チームメートの多くとは異なり、フルタイムで自転車と向き合えるわけではないが、心身ともに負荷をかけつつ、物事をコントロールできるか否かの瀬戸際に自らを追い込む。そんな日常こそが、彼にとっての充実であったりもする。

 そんな生活ゆえ、基本的には週末に行われるレースにしかチーム合流ができないのが実情だ。だからこそ、平日にスーツ姿で仕事に励んで蓄えた心身のエネルギーを、競技の場で爆発させる。それがマッチしている舞台こそ、バンクリーグなのだ。

 彼ほどの実力と実績があれば、本来他チームで走っていても不思議ではない。プロチームはもとより、今では各地のクラブチームにも数多く実力者が所属し、ここ一番で強さを発揮している。あらゆる制約にとらわれず走ることだって可能だったはずだ。だが荒井は「KINAN」のジャージで走ることにこだわった。彼の心をとらえたのは、バンクリーグの意義とチーム理念だった。

 少なくとも、荒井佑太とKINAN Cycling Teamとの“縁”は、必然のもとに結びついたものであるといえるだろう。
■ふと見せる24歳の姿

 こうして書いてくると、どこまでもストイックな男のように思えるかもしれない。もちろん、競技に対して、仕事に対しての向き合い方は並々ならぬものがある。

 だが、彼だってひとたび競技を離れれば、「なかなかにシャレた24歳」の顔を見せる。オフにはお気に入りのカフェを探し歩き、自分でもコーヒーを淹れるこだわりよう。案外、バリスタにも向いているのではないかと思わせるほどの趣味を持つ。そして何より、自宅に作ったシアタールームで映画を観る時間こそが、忙殺されがちな日常を忘れさせてくれる時間でもある。

 常に笑顔を絶やさず、上下関係にとらわれず相手を思いやる心、そして気配りの巧みさ。それは競技においてもチームメートやライバルへのリスペクトへとつながっている。
■簡単には見つからない答えを探すために

 小学校3年生で始めたという自転車競技。当時は周りとは違うことをして目立ちたいとの思いから乗り始めた自転車だったが、各年代でトップを走り、日本代表にも選ばれるほどに。そしてプロとしてのキャリアを歩みだした。

 地元・宮城でのレースでの敗戦が競技に打ち込むうえでの力の源になっているという。試合に向けての準備で勝負がおおよそ決まることや、努力が必ずしも結果に直結するわけではないことは十分に理解している。それでも、身を持って体験するからこそ得られる価値に喜びを見出している。

 14年間競技を続けてきているが、いまだ走ることへの思いを模索し続けている。自転車競技のどこに惹かれているのか、そして競技を続ける理由…。そう簡単には見つからない答えを導き出すために、この先も長くキャリアを続ける覚悟を決めたところだ。
Interview: Haruka YAMAMOTO
Photos: Midori SHIMIZU, Syunsuke FUKUMITSU, Kensaku SAKAI
Edit, Produced: Syunsuke FUKUMITSU

October 7, 2019
SHARE THIS:
  • FaceBook
  • Twitter
  • LINE
RELATED RIDERS: