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KINAN CYCLING

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LINE@会員限定記事特別公開「The ROOTS Vol.1 中島康晴」

2019年シーズンに本格稼働したチーム公式LINE、多くの会員登録をいただき、心より感謝しております。

チーム公式LINEでは、グッズ販売情報やイベントでのブース出店情報などに加えて、選手の生い立ちやロードレースへの思いに迫るスペシャル企画として、「The ROOTS」を連載してきました。
本来はLINE@会員限定の有料記事ですが、2019年シーズンの熱い応援にチームとして感謝すべく、期間限定でチームWEBにて公開したいと思います。
全9回、第1回は中島康晴選手です。

なお、これらの記事は予告なく公開終了となることがございますので、何卒ご了承ください。
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The ROOTS Vol.1 中島康晴
13年目を迎えたプロ生活。
その間には、けがやチームの消滅といった苦悩も味わった。
長い競技経験から仲間たちに伝えたいこと。
それは、走り、メンタル、生活など多岐に及ぶ。
-中島 康晴  なかじま やすはる-
1984年12月27日生まれ・福井県出身
172cm・64kg
脚質:ダウンヒラー
主な実績:2018年スリランカ Tカップ(UCI2.2)個人総合優勝・ステージ1勝、2017年JBCF 東日本ロードクラシック Day-1優勝、2014年・2015年ツアー・オブ・タイランド(UCI2.2)個人総合優勝 ほか多数
■自らの走りをチーム浮上のきっかけに

 今年3月のツール・ド・台湾を戦い終え、中島は約1年前の自分に姿を重ね合わせていた。

 話は2018年5月にさかのぼる。スリランカ Tカップ。第1ステージで逃げに乗った中島は、そのままステージ優勝。後続に大差をつけ、残ったライバル1人との戦いも、第2ステージ、第3ステージとかわし、個人総合優勝を挙げたのだった。

 チームは、中島の勝利から勢いに乗った。直後のツアー・オブ・ジャパンではマルコス・ガルシア、トマ・ルバの両“スーパーエース”が本領を発揮。約1カ月後の全日本選手権では、山本大喜が個人タイムトライアルで、そして山本元喜がロードでそれぞれ日本の頂点に立った。この躍進のきっかけが、スリランカでの中島の勝利であることは、選手・スタッフ・その他関係者の誰もが思ったことだった。

 当時を振り返り、中島は「自分の走りですべてが変わったのなら、これ以上の喜びはない」と素直に受け止める。確かに、昨シーズン序盤のチームは惨憺たる出来だった。UCIレースではまずまずの結果を残しながら、国内リーグのJプロツアーでは失敗が続く。この繰り返しは、リザルトだけでなく、チーム全体の士気にも影響していた。

 それを打ち破った1つの勝利。流れを一変させた自らの走りを、中島は実感していた。

 台湾での戦いを終えた日、選手・スタッフが集まったミーティングで、中島は口を開いた。「昨年、スリランカでの自分の勝利から、チームのすべてが始まった。また今年も、今日からチームの上昇が始まると信じている」。

 中島は、ツール・ド・台湾で“ベスト・オブ・スプリンター”の称号である、ポイント賞のグリーンジャージを獲得したのだった。
■数々の苦悩からロードレースの真髄を知る

 プロライダー・中島康晴の名が知れ渡ったのは、2009年の熊本国際ロード。当時最強をを誇りながらもチーム体制の変化によって事実上の解散を余儀なくされたEQA・梅丹本舗・グラファイトデザインの意地とともに、中島自身の名を轟かせるには十分すぎるほどに、鮮やかな独走が決まったのだった。

 あの日を境に、プロ生活で挙げた勝利は9つ(UCIレースに限る)。日頃の活動を支えるスポンサーやサプライヤー、応援してくれるファンと一緒に笑顔になれることが、勝つうえでの喜びになっているという。そして、よい時も悪い時も同じ空間で思いを共有できるチームメートやスタッフの表情が、走り続ける活力になっているとも。

 そうした思いは、決して順風満帆とは言えないキャリアが教えてくれたものだという。チームの消滅を経験し、熊本での勝利までには相次ぐけがで引退を本気で考えたこともあった。勝ちを確信したレースで、普段では考えられないようなミスをおかし、それまで築き上げたものをすべて崩してしまったこともあった。

 「一発逆転も、またその逆もあり得る。それがロードレースのおもしろさ」。この競技の真髄を味わった者だからこその一言。チーム最年長としてメンバーを引っ張っていく立場として、成功も失敗も競技者として吸収していくことの重要性を若い選手たちに説いている。
■自転車界きっての“鉄男”

 中島を語るうえで外せないのが「鉄道」。とにかく鉄道を語らせたら止まらない(笑)。遠征、イベントを問わず近くの路線をチェックし、時間があれば線路脇へ、駅へと赴く。もっとも、国内であればレース遠征時に鉄道を乗り継いで開催地へと向かうこともしばしば。

 何よりの楽しみは、バイクを輪行袋に入れて気になる場所へ足を運ぶこと。鉄道と自転車のダブルで、それまで知ることのなかった景色に出会う瞬間が最高なのだという。

 中島いわく、最近のおすすめは「紀伊半島自転車×鉄道の旅」。尾鷲~新宮~白浜の間を、鉄道と自転車とを乗り継いで走る。海沿いのルートを自転車と鉄道、自由にルート設定して走ってみてほしいと語る。眼前に広がる太平洋と、黒潮で鍛えられた身の締まった海の幸…楽しみ方は無限だ。
■新たな目標とともに未来へと進む

 34歳となり、ロードレーサーとしては大ベテランと呼ばれることも多くなった。だが、本人はまだまだ老け込むつもりはない。得意のダウンヒルはもとより、スプリント力もまだまだ磨きがかかり、集団内でのポジショニングなどのテクニックも理想形を目指し日々研究を重ねる。

 自身、そしてチームの勝利に加えて、さらなる目標が生まれた。2児の父となり、愛する子供たちとともにポディウムに上ることをイメージするようになった。「パパが活躍していたこと」を子供たちの記憶に少しでもとどめておきたい。このチームで走る限り、その目標は実現可能であると信じて走り続けている。

 持ち前のバイタリティと明るさによって、湧き出てくる夢や希望。将来的には鉄道と自転車を融合させた地域おこしや自転車普及に力を注ぎたいという。だが、本職のレース活動をおろそかにするつもりは毛頭ない。

 中学3年の時に魅せられたという自転車競技。兄の目を盗んでは乗っていたというスポーツバイクは、いまや日本を、アジアを代表する実力者としてロードの世界で名を馳せるまでになった。“未来地図”を広げれば広げるほど膨らむ夢の一方で、「中島康晴の将来」はロードレーサーとして進むべき道がまだまだ伸び続けている。
Interview: Haruka YAMAMOTO
Edit, Photos, Produced: Syunsuke FUKUMITSU

April 25, 2019
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